2003.7.24

+++ yncci - 山口和也+++

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山口 和也
京都市在住 画家 写真家 デザイナー
国内や海外(ニューヨーク、ワシントン、パリ、キューバ)での作品発表を行う他、空きアパートを丸ごと使った落書きイベントの企画や、様々な人と1対1でお互いを描き合い、出来上がった絵を交換するライフワークプロジェクト『描き合いっこ』を進行中。その『描き合いっこ』の相手にミュージシャンを迎え、ライブハウスのステージに1対1で立ち、画材(落書き)と、楽器(音)を道具として即興で互いを描き合うライブペインティング「描き合いっこ『音と落書き』」で描かれた作品で全国公募展、関口芸術基金賞大賞を受賞。副賞として半年間のニューヨーク研修を終え、近年は写真家としても活動。ニューヨーク在住の日本画家千住博を数年に渡り密着撮影し、それらが200ページ以上に渡って掲載された作品集『千住博大徳寺聚光院別院襖絵大全』(共著/辻仁成、アートディレクション/長友啓典)が求龍堂から刊行。


『無類の真激さと柔軟さを会わせ持っていると判断した。深いところで一本筋が通っているゆえに、どんな外的、内的変化をも全身で受け止める用意が出来ている』
これは、関口芸術基金賞での審査員、峯村敏明氏の評である。
この評が頭に残っているのか、私も同じようなものを感じたのかわからないが、私の言葉で言い換えてみても、彼の才能は、鋭利な刃と、やわらかな水のような両面を持ち、彼の作品を見るとき、私はそのどちらにも包まれる。

5月に彼の個展があった。
今回の個展で私が特に惹かれたのは、彼が2000年に滞在していたニューヨークで描いたという、ボール紙に描かれた、絵日記風の作品達。道で拾ったというそのボール紙に描かれた、その作品達は、すぐにそっと、私に馴染み、私の心はすぐにそれらと仲良しになった。いつまでも、いつも側にいたいような気がして、私はそれらが掛けられている、ギャラリーの、その壁ごと持ってかえりたかった。

山口は京都で、自らがつくったTシャツ、「飛びだせ見失う前にTシャツ」を週末だけの店、「week end yncci」で販売もしている。この店は京都市北大路にあり、飛び出せ注意ちゃんが店の前に置かれていて、白と透明の細かい市松模様のイカしたビニールののれんをくぐると、細長〜い小道が続き、その先に、ある。そんなおもしろい所に住み、週末だけ店をやっている人がいるというだけで私は何だかうれしくなってしまう。
「飛びT」は、き、くろ、しろ、はだ、あか、あお、の6種類で、それぞれに飛び出し注意ちゃんがばらばらのパーツにされ、プリントされてある。とてもかわいい。私は青い足のやつが好きだ。(詳しくは、http://www.yncci.com
 ホームページや印刷物に書かれた彼の文章、それらを読むたびに私は自分が知らない間に世の中から不必要な催眠術にかけられている事に気付き、覚めるのだ。
 

小学生の時、教科書に「スイミー」という話があって、私はスイミーというその響きや、さし絵や話しの内容に惹かれ、ひとりで家で暗唱していたりした事を覚えている。そんな事ずっと忘れていたのだが、ある日、古本屋の前を通った時、その絵本が店先の一番前に置かれていた。すぐに買って大事に読みなおしてみた。内容は小さなたくさんの赤いさかなのきょうだいの中でスイミーだけまっくろだった。 きょうだい達はある日まぐろにみんな食べられてしまい、スイミーだけが残り、ひとりで泳ぐうちに、海のいろんなところを見ていき、ある時、小さな赤い、きょうだい達にそっくりなさかな達と出会う。しかし、赤いさかな達はまぐろにおびえて岩陰からでてこない。 スイミーは考え、みんなで一緒に泳ぎながらとても大きなさかなの形をつくる事を提案した。みんなが一匹の大きなさかなみたいに泳げるようになった時、 スイミーは言う。
「ぼくが、目になろう。」

わたしには山口和也がスイミーと重なるのだ。

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